あの背中…

 

 狭山研は学生の為に解放されたスペースがある。サークルを通じて知り合った先輩に紹介されて知ってからは、放課後、美優はだいたいここにいる。貰った机に着いていることが多いが、今日は共有スペースにあるテーブルで伊角の課題を手伝っていた。
「何見てんの?」
 伊角は顔を上げて、じっと先輩の方を見ている美優に言った。
「んー? 別にぃ」
 頬杖をついて足を組み、美優は楽しげに笑う男の背中を見つめている。美優は視線をそのままに片方の口角を緩くあげた。
「なんか楽しそうだね?」
伊角は訝しげに、美優と聡輔を交互に見た。
「あの中に入りたいんだったら入ってくれば?」
ココアの入ったカップに口をつけて傾ける。甘い液体が口内を満たした。
「いや、飛びつきたいなぁと思って、あの背中」
 美優がぼそりと言った瞬間、伊角は驚きのあまり吹き出してしまった。ぼたぼたとノートに茶色い雫が落ちる。美優は非難の言葉を吐きながらも、布巾でココアを拭いてくれた。提出用のレポート用紙に落ちなくてよかった。
「佐藤さんってそう言う趣味だったの…」
「はぁ? どーゆー意味?」
 布巾を浮かせた半端な状態で、美優は眉を寄せた。
「え、あの、なんていうか…」
 思わず零してしまった言葉に、伊角は上手く言い訳できずにどもってしまった。美優は小さくため息をつき、課題を進めるよう言った。

 向こうでは、総輔や社が何事もなかったかのようにカードゲームに夢中になっていた。

 

-fin-

■あとがき

「ここにいるよ」シリーズ開始。ある大学の研究室に集まる面々の日常。優美、総輔、安住中心に展開します。

伊角恵司(Keiji Isumi):大学1年、男性、なんというか…巨漢?
佐藤朱夏(Shuka Satoh):大学1年、女性、さばさばした性格
佐藤総輔(So-suke Satoh) :大学3年、男性
社 大樹(Daiki Yashiro):大学3年、男性
狭山(Sayama):大学教授、男性