ルームメイトの日常

 

 夕方の研究室は先輩たちが集まり始めていて、多少賑やかだ。俺はそんな中、カタカタとノートパソコンのキーボードを叩く。プログラミングの課題がやっと終わって幸せだ。これで朱夏にどつかれずに済む。
 朱夏と約束した時間まで後少しだ。佐倉も間もなく来るだろう。俺は今日のレース結果を見るべく、競馬のサイトを開いた。
「ちわぁっす」
「ちわ」
 入ってきたのは伊角だった。のそのそと共有スペースにきて、俺の前の椅子に腰掛けた。椅子が可哀相だ、とたまに思う。
「安住さぁ」
「あ?」
布製のトートバッグを抱える仕草が妙に女っぽくて嫌いだ。
「プログの課題終わった?」
こう聞いてくる時は自分が既に終わっているか、分からなくて困っているかの二つにひとつ。
「終わったよ?」
 おぉ、今日は運がいい。ちょっとだけ勝ってる。俺は伊角の声をバックグラウンドで聞きながら結果を見た。
「マジで?」
「こんちわ」
 伊角の声の後に別な声が続く。佐倉だった。佐倉は長身で細身だから、伊角とは正反対にいつも折れそうなイメージがある。実際は高校時代に陸上で長距離をやっていたから、薄く筋肉がついていてまったく心配なんだけれど。
 佐倉は椅子を引いて座ると、携帯をちらりと見た。
「安住君、佐藤さんがパソコン片付けて待っててって言ってたよ」
「OK。もう終わる」
俺はスレイプニルのウィンドウを閉じた。
「え? 佐藤さんとどっかいくの?」
伊角が不思議そうに聞いてきた。俺がパソコンをシャットダウンし、コードを抜いてまとめていると、研究室の入口で朱夏の挨拶が聞こえた。
「ん? 別に」
「あ、いたいた。安住ぃ、佐倉ぁ、帰ろー」
 パソコンをバッグに突っ込んでいるところへ、朱夏が顔を出す。困惑げな伊角の視線の先で、朱夏と佐倉は夕飯の献立を話し合っている。
「安住のご希望は?」
「にく」
 全然献立になってねぇ! 朱夏がそうつっこむのを聞きながら、俺はリュックを背負った。
「佐藤さんがご飯作るの?」
期待の籠もった気弱な目で、伊角が言う。
「ううん、安住が作るの」
「俺かよっ」
「私、昨日作ったじゃない」
 俺は佐倉と朱夏と3人で、この夏からシェアリングをしているわけだが、食事は交代制で作ることになっている。が、朱夏が作ることが殊の外多い。紅一点だからかもしれないが、単純に俺や佐倉が作ると、作り始める時間が遅くなって夕飯そのものが深夜になりかねないからだ。おかげでいつも俺は朱夏に叱られている。佐倉には何も言わないのに。というか、なぜ何を食べたいか聞いておいて作るのは俺なんだ?
「伊角君も来る?」
伊角は首を振って辞退の意を表した。「俺が作るから来ねぇの?」と聞いてみたかったが、やめた。きっと困るだけ困って答えを得られず、俺が苛々する。あいつは変なところで優柔不断だ。

「あ、そう言えば。安住、あんた課題ちゃんとやったの?」
「やったよ」
「ホントに? あとで教えろ、とか言わないでよ?」
「言わねぇよ」
 研究室を出、廊下を歩きながら朱夏が疑わしげに聞いてくる。駐車場までの道中、俺と朱夏は何かしら口論しているけれど、佐倉は後ろで携帯をいじっている。これが日常だ。
「つーか、なんでいつも俺だけ怒られなきゃなんねーんだ」
「信用ならないからでしょう?」
「佐倉だってやらねぇときあるだろ」
「あんたの常習に比べたら、佐倉くんがたまにやらないくらい可愛いもんなのよ」
売り言葉に買い言葉で、俺たちの会話は成り立っていると言えるのかもしれない。しかし朱夏が佐倉を贔屓するのは不満だ。
「だいたい、なんで俺だけ呼び捨てなんだ」
「こんどはそっち? あんたにくん付けするなんてどうかしてるわ。気持ち悪い」
「気持ち悪い」だけを一音一音切って言われる。そういうところが俺の気に障るんだよ。
「二人とも仲いいよね」
「良くないっ!」
 不意に後ろから佐倉の声。俺たちは同時に振り返って否定した。
「仲いいじゃん」
 思えば俺たちの関係なんて、佐倉がいるから続いているようなものなのかもしれない。佐倉がいなかったら、3人で生活するなんてことも無かったわけだから。

 喧嘩して落ち着いてを繰り返して、俺と朱夏と佐倉の日常は出来ている。今日もまた、家に帰ればこの言い争いが嘘のように収まって、ほのぼのとした食卓を囲むのだろう。今日という今日は俺が夕食の支度をしないと、朱夏の雷が落ちるかもしれないが。

-fin-

■あとがき
主人公は一体誰なのか?w

登場
安住宏孝(Hirotaka Azumi):大学1年、男性、アウトドア派
伊角恵司(Keiji Isumi)
佐倉和人(Kazuto Sakura):大学1ねん、男性、インドア派
佐藤朱夏(Shuka Satoh)

朱夏と安住は一浪組なので他の1年生より1歳上。